眠っていた記憶を呼びさます味があります。幼いころお母さんに作ってもらった手作りのおやつ、お祭りや行事の折に食べた料理、普段の食卓にのぼっていたお漬物や卵焼きなど、どなたにも「懐かしい」と感じる味がおありでしょう。
あるお客様から頂戴したお便りに、こんなお話がありました。当所にてご購入いただいた「ねさし味噌」でお作りになられたお味噌汁を、御歳83歳になられるお義父さまにお出ししたところ、「夢にまで見た、懐かしい味だ」と、大変喜んでくださったというのです。このエピソードと、「人さまの手を借りて、親孝行ができました」というお客様のお言葉は私どもの大切な宝物となりました。
このお話から、私どもは大切なことを教えていただいたように思います。それは、食の持つもう一つの力、眠っている記憶に働きかける力です。お年を召されたお客様から「昔食べた酸っぱいみかんが懐かしい、今はないんよなぁ」「近所の牛飼いさんから分けてもらって毎日飲んだ牛乳の味は最高だった」。そんなお話を伺うことがあります。
遥かなる日々の思い出は、その時々の色や匂いや音、そして味とともに私たちの人生に降り積もり、「今」へとつながっています。思い出に眠る味との再会は、遠い日々や人との記憶を呼び覚ます架け橋となるのではないでしょうか。
食べ物は「命をつなぐもの」であるだけではなく、人と人を結ぶもの。そして思いを伝えるものだと信じて、醸造の仕事に取り組んでまいりました。だから、変わらぬ味を、変わらぬやり方で、心をこめて・・・。
私どもにできる、ささやかな、けれども思いの詰まった味づくりを、これからも貫いて参りたいと思います。